桜前線を追いかけて、ナビゲーションに逆らう午後

実家からの帰り道。
ナビゲーションが弾き出す最短ルートは、確かに効率的で無駄がありません。
しかし、僕はあえてステアリングを切り、その合理的な道から大きく外れることにしました。
車窓には、北上する桜前線が描く春の色彩が広がっています。
美しい景色に誘われるまま、気の向くままにアクセルを踏む。
そんな道中、ふと小さな「湯元」の看板が目に留まりました。
時間を切り詰めて先を急ぐ理由は、どこにもありません。
僕と子らは、その矢印に従って山間へと車を進めました。
山間の静寂と、無造作に流れる源泉が迎えてくれる宿

たどり着いたのは、「千貫石温泉 湯元東館」。
ひっそりとした佇まいの温泉旅館です。
エントランスに向かう途中、入り口の脇に設えられたパイプから、絶え間なく水が流れ出ているのに気がつきました。

「何だろう」と、子らが屈み込んで眺めます。
すると、
「これが今から入られる温泉ですよ」
スタッフの方が微笑みながら声をかけてくれました。
こうした何気ない、けれど温かいふれあいも、偶然の寄り道がもたらしてくれる小さなご褒美です。
かすかな金気と塩の香り。思考を解き放つ「とろとろの湯」との対話

浴場は1階の「大浴場」と、地下1階の「庭園露天風呂」に分かれています。
「大浴場」の内湯は広々としており、42~43度とやや熱めの設定です。
下の子は “しかめっ面” をしていました。
大浴場には、サウナと1人用サイズの水風呂も完備されています。
ただ混雑しているので、純粋にお湯との対話を求めるなら、地下の庭園露天風呂へ直行するのが良いでしょう。
貴重品ロッカーは有料なので、両方入ると倍かかります。
洗い場は両方にあります。
「庭園露天風呂」にも内湯があり、湯温は40度。
外に設けられた岩造りの露天風呂の方は、38度ほど。
長湯に向いた温度です。
屋根のない開放的な空間で、風を感じながら湯に沈みます。
お湯はやや黄緑がかった色合いで、かすかに濁りを帯びています。
「香り主義者」の僕の鼻腔をくすぐるのは、温泉らしい塩の香りと、かすかな金気。
完全な源泉かけ流しの恩恵です。
肌にまとわりつくような、非常にとろとろとした湯ざわりは、格別の一言に尽きます。
泉質がかなりのヌルヌル系なので、足元には十分な注意が必要です。

湯に抱かれながら、ふと思いました。
子どもの頃、学校帰りにこんな風に寄り道をすれば、きっと大人に叱られていたことでしょう。
しかし、今の僕にとって、寄り道は人生の余白を楽しむための小さな冒険です。
効率だけを求める生き方よりも、こうした道草の楽しさを、自分の子らに教えたい。
そんな思考のデトックスが、湯けむりの中で静かに進んでいきます。
雨や雪の日に訪れれば、また違った風情を味わえるに違いありません。
湯上がりの余韻を引き延ばす、静かで自由な帰り道

とろみのある極上湯は、上がった後も長くぽかぽかとした熱を体に残してくれます。
肌は驚くほどすべすべになり、確かな成分の力を感じずにはいられません。
洋風の設えが落ち着くロビーには、しっかりとしたソファが多数置かれています。
売店や自販機も揃っています。
僕は冷たい飲み物を片手に、火照った体がゆっくりと日常の温度に戻っていくのを待ちました。
子らは同階をいろいろ探検しているよう。
誰にも急かされることのない、贅沢なクールダウンの時間です。
美しい景色を愛でながら、思いつきでステアリングを切る。
その先で、素晴らしい香りと泉質に出会う。
時間を自らデザインする生き方は、こんなにも豊かです。
もし岩手でドライブを楽しむことがあれば、ぜひナビの案内を少しだけ無視して、この山間の名湯を目指してみてください。
施設情報
- 施設名称:千貫石温泉 湯元東館
- 住所:〒029-4503 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根二枚橋5−1
- Googleマップ:https://maps.app.goo.gl/5parWcEedsbfx6hv7
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